ブエナビスタのこんな進化
ただ、事故直前のHのマシンを撮った8ミリフィルムが発見され、そこにはマシンがコントロール不能に陥ってコース脇に激突する様が写されていた。
むろんそれは事故の現場再現以上のものではない。
この映像を見たエンジン技術者の間では、やはり空冷エンジンの馬力低下が遠因になったのではないかという意見が大勢を占めた。
このフイルムはS氏も見たという。
しかし、S氏の信念は変わらなかった。
それどころか、N360の汚名挽回とばかりに、空冷の小型自動車(H1300)の開発に執唾看し発売にこぎつけた。
1968年如月のことである。
排気量1300m、100馬力、最高速度175キロという「普通のクルマではない」高スペックだった。
S氏のこだわりがそのまま形になったような車だったが、未完成な技術レベルでの高性能へ技術者の反乱。
ここまでくればさすがに技術者達もガマンできなくなる。
さらに国際的に環境問題が浮上していた。
車の排気ガスは特に問題視され、アメリカ議会では、マスキー上院議員が排気ガス中の一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物をn分の1以下に規制するという法案を提案した。
いわゆるマスキー法である。
これには世界中の自動車メーカーが危機感を持った。
当時の技術水準ではとてもクリアできない目標値だったのだ。
これ以上、ハンディを持つ空冷エンジンにこだわっていれば、Hはマーケットから締め出されることになる。
このとき、このままS氏が自分の方針を曲げずに突き進んでいれば、おそらくHは終わっていたはずである。
しかし、Hには「もう1人の経営者」と呼ばれる人がいた。
副社長のH氏である。
Sのこだわりは異常なコスト増を招く。
この車は1台売るごとに5万円強の赤字が出た。
Hにとって幸いしたのは、S氏の意気込みに反してまったく売れなかったことであった。
しかし、見方を変えればこの「H1300」こそS氏の独創を示す代表作だったのかもしれない。
エンジン内部に隔壁を作って二重構造とし、強制冷却ファンで空気を送り込んで冷やすという構造だったが、それでも水冷に比べれば冷却能力は劣った。
無理な構造を採用することで重量は重くなり、ハンドル操作も固くなり「曲がらないこと電車のごとし」とまで悪態をつかれた。
当然、タイヤの磨耗も激しい。
一般ドライバーには運転しにくい車だったのだ。
それでもS氏は、さらに1500mの空冷エンジンの開発を命じた。
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